2.アメリカンポップス黄金時代 1950年後期~1960年代初期
- ブリル・ビルディング・サウンド(Brill Building Sound)
- ウォール・オブ・サウンド(Wall Of Sound)
- レッキング・クルー(The Wrecking Crew)
- モータウン・レコード(Motown Records)
- モータウン・サウンド(Motown Sound)
2.アメリカンポップス黄金時代-1950年後期-1960年代初期
E.モータウン・サウンド(Motown Sound) |
Motown Recordsのレコーディングスタジオ「Hitsville」 |
当時、黒人ミュージシャンが活躍できる土地は少なく、デトロイトにはジャズが盛んであったという土壌もあり、モータウンには優秀なソングライター、アレンジャー、バック・バンドになりうる才能のある人たちがたくさん集まっていました。
モータウン・レコードはそういった才能ある人材を使い、当時黒人のものであった表現-コール&レスポンス、ゴスペル、ファンキーなグルーヴなどを、白人のマーケットでも受けいられるようとりいれ、わかりやすいアプローチで表現。数多くの才能を輩出、大ヒットを生みます。
そのキャッチーで大衆的な音は「モータウン・サウンド(Motown Sound)」と呼ばれました。
スモーキー・ロビンソン(Smokey’ Robinson)
初期のモータウン・サウンドを支えたスモーキー・ロビンソン(Smokey’ Robinson)。彼はミラクルズのリードシンガー、ソングライター、プロデューサーでもありました。
ソングライターとしても大変優秀で、初期モータウンのヒット曲のほとんどが、スモーキー・ロビンソンが作ったものです(ミラクルズ、メアリーウェルズ、マーヴィン・ゲイ、テンプテイションズなど)。
特によいメロディにのせた、詩の優秀さに評価が高いアーティストです。スモーキーは、モータウンレコードの副社長をまかされるほど、ゴーディに信用されていました。
ファンク・ブラザーズ(The Funk Brothers)
さらに、モータウンサウンドの特徴ともいえる、印象的なリズムセクションですが、これらは「ファンク・ブラザーズ」と社内で呼ばれていた、ベースのジェームス・ジェマーソン(James Jamerson)、ドラムのベニー・ベンジャミン(Benny Benjamin)、ピアノのアール・ヴァン・ダイク(Earl Vandyke)を中心とする、セッショングループが、作り上げたといわれています。※
当時は作曲者がプロデューサーをかねていることが多かったため、ミュージシャンにはおおざっぱな楽譜しか渡されず、アレンジはプレーヤーが自分で考えださなければいけないことがほとんどでした。そのためか、アーティスト固有の独創的な演奏がうまれ、これがモータウンサウンドを特徴づけています。
※ 恋はあせらず、などに代表される独特なベースラインがモータウンの特徴ではありますが、これらはジェマーソンが作り上げたとされてきましたが、近年そのかなりの数の曲がLAで録音され、キャロル・ケイの演奏であることがキャロル・ケイ本人から発表され、物議を醸し出しました。確かに、ピッキングの演奏が多く(ケイはフラット・ピッキング奏法、ジェマーソンはフィンガリング)、ジェマーソンの特徴とはいえない演奏が多いので、個人的には、おおむねそうなのではないかとは思います。ただし、ジェマーソンも優れた演奏家です。キャロルのHPに、自身が演奏したリストが発表されていますので、モータウンの音楽の中で、ここに掲載のないものがジェマーソンの演奏と自分では解釈しています。
ホーランド=ドジャー=ホーランド(Holland-Dozier-Holland)
そして、スモーキーとともに、モータウンの黄金期を支えた、ソングライターチームの一つにホーランド=ドジャー=ホーランド(Holland-Dozier-Holland)がいます。
エディ・ホーランド・ジュニア(Eddie Holland)、ブライアン・ホーランド(Brian Holland)の兄弟とラモント・ドジャー(Lamont Dozier)の3人で構成。
彼らはマーサ&バンデラス(Martha Reeves & Vandellas)の「ヒート・ウェイブ(Love Is Like A Heat Wave)」を筆頭に、スプリームズ、フォー・トップス、アイズレー・ブラザーズなどで数々のヒットを飛ばします。かれらもモータータウンの黄金期を支えた重要な一員です。
アーティスト・デヴェロップメント(Artist development)
Cholly Atkins(and Aretha Franklin) |
また、特筆すべきなのは「アーティスト・デヴェロップメント(Artist development)」という、今でいうタレント養成部門のような部署があり、歌唱指導、歩き方、振り付け、衣装、インタビューの受け答え、など、売り出すアーティストに事細かに指導していたことです。
購買のターゲットとなる白人からみて、田舎臭くならないように、洗練された身のこなしを徹底して教育しました。
今ではどの芸能プロダクションでもやっているであろうシステムですが、これも当時としては画期的でした。
特に振り付け師のチョリー・アトキンス(Cholly Atkins)は、ヴォーカルグループに初めて振り付けをした第一人者といわれています。チョリー・アトキンスは、モータウンのタレントたちの個性的な振り付けを次々に生み出しました。(彼はアトランティックでも活躍しています。)
こうした優秀なスタッフに支えられ、モータウン・サウンドは、この後、1971年にロスアンジェルスに会社を移すまで、デトロイトからヒットを生み続けます。
モータウン・レコード主要スタッフ | |
主なライター・チーム
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Holland-Dozier-Holland |
主なスタジオ・ミュージシャン
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The Funk Brothers |
振り付け師(choreographer)
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Cholly Atkins |
主なアーティスト | |
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Martha Reeves & Vandellas The Supremes Stevie Wonder The Jackson Five |
こうして、ブリルビルディング、ウォールオブサウンド、モータウンと、商業化され成功したポップミュージックシーンですが、成熟とともに飽きられてくることも世の常。こうしたシステム化された音楽への反動の時代がやってきます。
2-D.モータウン・レコード(Motown Records)<<
2.アメリカンポップス黄金時代 1950年後期~1960年代初期
- ブリル・ビルディング・サウンド(Brill Building Sound)
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