6.フォーク・リヴァイヴァルからモダン・フォーク・ブームへ-1960~1964年

  1. モダン・フォーク・ブーム(modern folk boom)
  2. ボブ・ディラン(Bob Dylan)の登場

6.フォーク・リヴァイヴァルからモダン・フォーク・ブームへ

A.モダン・フォーク・ブーム(modern folk boom)


The Kingston Trio

1958年、キングストン・トリオ(The Kingston Trio)は、「トム・ドゥーリー(Tom Dooley)」をカバーし、全米一位というビッグヒットを飛ばします。この歌が「フォーク・ソング」だったために、アメリカに1960年代初頭までモダン・フォーク・ブームが起こります。

モダン・フォーク(modern folk boom)とは、アメリカの各地に伝わる古い「民謡」=「フォーク・ソング」を現代風にアレンジし、アコースティックな楽器(アコースティックギターやバンジョー)で演奏するスタイルのことです。
※この「トム・ドゥーリー(Tom Dooley)」という曲はアメリカの民謡で、婚約者を殺した罪で絞首刑になった男の悲劇(実際に殺したのは彼の愛人だった)を歌にしたもので、1868年に作られた、とても古い歌です。

キングストントリオは、「スループ・ジョン・ビー(Sloop John B)」「ザ・ファースト・タイム(The First Time)」など、多くの民謡を歌い起こし、ヒットさせます。

モダン・フォーク・ブームはキングストン・トリオのヒットがきっかけでしたが、このアメリカの民族音楽としてのフォークを復活させようというフォーク・リヴァイヴァルというコンセプトは、ピート・シーガー(Pete Seeger)というシンガーが、1940年代から提唱しているもので、草の根的な活動は続いていました。

Pete Seeger

ピート・シーガー(Pete Seeger)は大学中退後、父親の友人「ジョン・ローマックス(John Lomax)」と、息子のアラン(Alan Lomax) のアメリカ議会図書館の民衆文化アーカイブ (Archive of Folk Culture) でアメリカ各地の民俗音楽の発掘・収集をし、譜面に書き起こす、という仕事の助手をしていましたが、その仕事を通してウディ・ガスリー(Woody Guthrie)やレッドベリー(Lead Belly)というフォークシンガーと知り合うようになり大いに影響を受け、そのうち自らもバンジョーを手に歌うようになります。

ローマックスのすすめでCBSのラジオ番組「Back Where I Come From」に出演し、ラジオでアメリカン・フォークを演奏するようになり、「アルマナック・シンガーズ (Almanac Singers)」を経て、「ウィーバーズ(The Weavers)」を結成。

「アメリカの民族音楽(フォークソング)を復活させよう」という活動を積極的に展開するが、民衆や労働者のことを歌うその内容は朝鮮戦争の真っ最中のアメリカで(エルビスも徴兵された)「反共運動」とみられ、「アカ狩り」の対象になり「ウィーバーズ(The Weavers)」は圧力を受け、ツアーやラジオでの放送も禁止。公の場所での活動に圧力をかけられます。

しかしその後も、ソロでフォークを歌い続けるピート・シーガー(Pete Seeger)の姿は、権力と戦う「フォークソングの父」と評価されるようになり、世の中に「公民権運動」「キューバ問題」「ベトナム問題」「反核」などの世相が広まってくると、シーガーの歌っていたフォークソングは「反戦歌」ともてはやされるようになります。

Joan Báez

Odetta Holmes

Judy Collins

Dave Van Ronk
Ramblin’ Jack Elliott

そういった世相の中、ウィーバーズのスタイルを踏襲した、キングストントリオの「トム・ドゥーリー(Tom Dooley)」のヒットでフォークソングがブームになると、ニューヨークのグリニッジ・ビレッジ(前衛的なアーティストや、学生が多く住んでいた)から、左翼的な活動家や学生達に支持される、若いフォークソングミュージシャンが台頭。

「ジョーン・バエズ(Joan Báez)」「オデッタ(Odetta Holmes)」「ジュディ・コリンズ(Judy Collins)」「デイブ・ヴァン・ロンク(Dave Van Ronk)」「ランブリン・ジャック・エリオット(Ramblin’ Jack Elliott)」などのスターが生まれます。

レコード会社も「フォークウェイズ(Folkways Records)」「ヴァンガード・レコード(Vanguard Records)」といった、元々フォークを主力とするレーベルの他に、ジャズを主力としていた「エレクトラ・レコード(Elektra Records)」「プレスティッジ・レコード(Prestige Records)」「リバーサイド・レコード(Riverside Records)」などもこのフォークブームに敏感に反応、フォークブームを後押しします。

こうして、西海岸のキングストントリオやブラザーズ・フォーなどから始まった素朴な民謡としてのモダン・フォークは、メッセージ性の強い歌詞をのせた、リベラルな思想と結びついた東海岸勢主導のフォーク・ブームとして、発展していくことになります。

この時代にはやっていたロックンロールも、フォーク・ブームも、保守派の圧力に対する抵抗、という部分では同じ図式ではありましたが、ロックンロールが生理的な抵抗に対して、フォークリバイバルは理論や観念で抵抗するという部分で大学生や大人に熱狂的に支持されていきます。

この、子供のロックンロール、大人のフォーク、という図式は普通であれば相容れないものですが、この両者を結びつけた若者が1962年、フォークの世界からデビューします。

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6.フォーク・リヴァイヴァルからモダン・フォーク・ブームへ-1960~1964年

  1. モダン・フォーク・ブーム
  2. ボブ・ディラン(Bob Dylan)の登場