1、ロックンロールの時代~1960年以前

  1. エレクトリックギターの登場
  2. ロックンロールの誕生
  3. ロックンロール排斥の時代

1、ロックンロールの時代~1960年以前

C.ロックンロール排斥の時代


当時アメリカでは、作曲家は音楽出版社の専属であり、レコーディングしたい会社は、出版社にいって、曲を購入するシステムでした。
昔ながらの出版社はもちろんありましたが、ロックンロールを作れる出版社がまだなく、そこに目を付けたのが、アルドン・ミュージック、ヒル・アンド・レインジ・ミュージックなどの若い音楽出版社です。

これらの会社はキャロル・キング&ジェリー・ゴフィン、ジェフ・バリー&エリー・グリニッチなどの若手作曲家チームを抱え、ロックンロール向きの新曲を次々と販売しました。

彼らは、ニューヨーク、ブロードウェイのブリル・ビルディングという建物に入居していた為、こうした作曲家チームの作った音楽をブリルビルディング・サウンドと呼ぶようになりました。ロックンロールを、ロックと呼び表すようになったのも、この頃といわれています。

ロックンロールは、こうしたプロのライターチームのおかげで量産され、商業化されていきました。

しかし、1959年、ロックンロールブームには暗雲が立ちこめます。

Buddy Holly

「ザットル・ビー・ザ・デイ(That’ll Be the Day)」「ペギー・スー(Peggy Sue)」など、ヒットを飛ばし続けていた、「バディ・ホリー(Buddy Holly)」、ヒスパニック系スター「リッチー・バレンス(Ritchie Valens)」、ノベルティ・ソング「シャンテリー・レース(Chantilly Lace)」をヒットさせていた「ビッグ・ボッパー(Big Bopper)」という、大人気ロックンローラー3人を乗せたチャーター飛行機が墜落。

反抗の象徴だった、エルビスが素直に徴兵を受けてしまったこと。

ジェリー・リー・ルイス(Jerry Lee Lewis)の結婚スキャンダル。

リトルリチャード(リトルリチャード)が聖職に就くための突然の引退。

チャック・ベリー(Chuck Berry)の投獄。

エディ・コクラン(Eddie Cochran)、ジーン・ビンセント(Gene Vincent)の乗った自動車が、ツアーで訪れたイギリスで、事故を起こし、エディ・コクランが死亡、ジーン・ビンセントが重傷となった事件。

事故による死亡は、悲しい運命ではありましたが、それ以外のスキャンダルは、当時の社会の作為も考えられるものでもありました。

若者が反社会的なイメージのロックンロールに熱中すればするほど、大人の社会ではロックンロールの排斥運動が盛んになっていたのです。

また、若い才能の台頭を快く思っていない、大手の音楽業界の人間も、ロックンロールという新しい音楽の排斥に積極的でした。
彼らは、自分たちの仕事がなくなることを恐れ、ラジオやTVに圧力をかけます。

Alan Freed

ロックンロールの名付け親、といわれた「アラン・フリード(Alan Freed)」が「ペイオラ疑惑(賄賂問題)」で糾弾され、有罪判決を受けてしまったことは、ロックンロールの排斥に決定的な事件となります。

当時のアメリカの音楽業界では、自分達のレーベルの曲をかけてもらうために、DJに賄賂を渡すのは、そんなに珍しいことではありませんでした。
しかし排斥主義者達はそこに目を付け、賄賂をもらってロックンロールを放送していたことを認めさせ、彼を業界から消し去ってしまいます。

社会問題となったことで、TVもラジオも、つぎつぎとロックンロールを流すことをやめてしまいます。
そして、世の中も、豊かになったアメリカでは、社会や大人に反抗する風潮も少なくなり、ロックンロールの勢いは失速していきます。

1-B.ロックンロールの誕生<<


1、ロックンロールの時代~1960年以前

  1. エレクトリックギターの登場
  2. ロックンロールの誕生
  3. ロックンロール排斥の時代